株式会社クワバラ・パンぷキン 専務取締役 桑原 優太

株式会社クワバラ・パンぷキン 専務取締役 桑原 優太

業界の常識に一石を投じる。吸収し、挑み続けるその姿に迫る!     

木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造等の建物解体工事・解体工事に伴う産業廃棄を行う会社、クワバラ・パンぷキン。

桑原 優太(くわばら ゆうた)専務


事業を始めたきっかけを教えてください。

私の代が三代目で、もともとずっと父、祖父がやっていました。今では仕事が好きなんですけど、若い頃は目的も何も無く結構雑に人生生きてたな、みたいな。

色々仕事はしたんですけど、そういう時期が長かったんです。色んなことから逃げていた経験があり、そんな中25歳くらいの時に家の中で色々問題があって戻りました。

普通だったら戻ってしっかりするじゃないですか。そこからもなかなかしっかり出来ずにいたんです。

変われるきっかけは前の前の前の部長が懲戒免職になり、ある日突然辞めた時でした。

何の引き継ぎの業務もなく、実績も経験も身内からの信頼もない中で突然携帯を渡されて

「お前しかいない」と言われたんです。

初めてここでまた逃げたらおしまいだなと、ちょっと踏ん張ろう。そう思いました。

そこから逃げずにやっていくとそれが数字に結びついて、売り上げも伸びて

それまではなかなか利益も出てなかったですけど徐々に利益も出てきて2年前に世代交代をしました。

仕事をする上で知識習得の方法や意識していることはありますか。

相談をすぐすることですね。

歳下とか年齢は関係なく、貰ったアドバイスは真摯に受け止める癖がついていますね。

手厳しいことを言われても何とも思わない、

ありがとう、と。見ていると同年代ぐらいの人の中で大きく分かれるのは、相談できない人、知らないことを知らないと言えない人が多いというところですね。

そうすると結構行き詰まる、周りにイエスマンしかいないですからね。

2年前に世代交代する前後で自分がいかに

建設業しかネットワークが無かった、外に全くネットワークが無い事に気づいたんです。

大学も中退しているんですけど、大人の学びの場所に行って、そこで学んで学友ができて、その時にITリテラシーをかなりつけて。

それまで本当スマホじゃなくて良かった派で、ガラケーでもいいなって、でもガラケー売ってないからスマホを使っていて、今ではスマホを使っている度合いは結構高いと思うんですけど。

そうした中で業界以外のネットワークが出来て、構築してその結果、先生(Dr.健康経営 鈴木健太社長)と出会うことが出来ました。

士業さんや、たぶん外に出ないと知り合えない人たちと知り合えたので建設業以外にも「言葉を持つ」ことが出来ました。

こういうところで喋るのもそういうのに慣れているから多分喋れるんですね。今の業界だけに居たらそうはならなかったと思います。

そう、たぶん2年前の僕には持ち合わせていなかったと思います。

今後のビジョンを教えてください。

建設業って何も整備されていないんです。

例えば当たり前の有給とか。えっ?と思うと思うんですけど、時間管理もあって給与の制度とか賞与の制度とか、ほとんど無く役員の一存とかで決まっています。

有給とか休みも形骸化していてそういう仕組み作り、働く人の当たり前がないので、そもそもまずそこから構築だなと思っていて、自社では取り組んでいます。

そういう大前提の、基礎となるものさえなかった。もちろんうちも無かったので本当1、2年仕組み作りに力を入れました。

当たり前のものの上に、初めて働く意味とか幸せ、ワークライフバランスってなんなの?とか

社会に貢献しているかが考えられると思うんです。土台が無かったら、全部流れちゃうので今は土台作りです。

その上でのビジョンはもちろん考えてはいるんですけど、まずはここかなぁと思っています。

それができると逆算して中長期って考えられるんですけど

やっと今できてきたかなぁと、あと1、2年かかるかなぁという感覚です。今は給与制度や等級制度を作ったりしているので…その上に初めて乗るかなと。それくらい建設業界は遅れているので、そういう取り組みを周り見てもほとんどしてないです。

自社より売り上げ規模が大きいところでも

給与制度は役員の一存ということもあります。

そんなところで働いてそもそも幸せなのか、

その中で働く人に会社がこういうビジョンでいきます、といってもたぶん刺さらないじゃないですか。


常に挑み続けるその姿勢が業界に新たな息吹をもたらす。どんな難しい課題であっても楽しむことを忘れてはいけない。これが成功し続ける本質的な要因なのかもしれない。